鯖の味噌煮
今日は少し心がざわざわしていた。
原因は曖昧で、誰かに話すほどのことでもないけれど、
頭の中がくたびれていて、なにか優しいものが欲しかった。
そんな時、ふと「ちゃんと美味しいものが食べたい」と思った。
お腹を満たすだけじゃなく、心に染みるようなあたたかさを感じたくて、
お気に入りの定食屋へ向かった。
路地にひっそり佇むその店は、いつもほどよく静かで落ち着いている。
暖簾をくぐると、ふんわりと出汁の香りが鼻をくすぐって、
その瞬間からすでに“整っていく感覚”が始まっていた。
カウンター席に座り、注文したのは鯖の味噌煮定食。
ごはん、味噌汁、漬物、小鉢――どれも特別なものではないのに、
なぜだろう。そのすべてが、まるで私の「日常の欠片」を集めたように感じられた。
料理が運ばれてきた瞬間、湯気がほわりと立ちのぼる。
それを眺めながら、「わたしはこれを食べるために今日をがんばったのかもしれない」と思った。
鯖はふっくらとしていて、甘みのある味噌が程よく絡む。
小さくほぐして口に運ぶと、身体の隅々まで安心が広がっていく感じがした。
ごはんを噛むたびに、肩の力が抜けていく。
味噌汁の湯気が目元を優しく包み込む。
しばらく黙って食べていた。
スマホは開かず、誰とも話さず、ただ目の前の一膳に向き合う。
それだけで、心がじわじわと回復していくのがわかる。
食後、お茶をすすりながらほっと息をついたとき、
「満たされるって、こういうことかもしれない」と思った。
お腹だけじゃなく、心もちゃんとあたたまった。
無理に元気を出さなくてもいい。
ただ、美味しいものを味わうだけで、生きる力ってちゃんと戻ってくる。
外に出ると、夕暮れが街を染めていた。
足取りは軽く、目に映る景色も少し柔らかく感じられた。
さっきの味がまだ心に残っていて、
「あのごはんがあったから、明日もちょっと頑張れるかも」って思えた。
日々の中で、うまく言葉にならない気持ちが溜まっていくことがある。
でも、美味しいものは、時に言葉以上に心をほどいてくれる。
そんな大切なことを、思い出させてくれた午後だった。